金沢地方裁判所 昭和24年(行)12号 判決
原告 報国土地株式会社
被告 石川県農業委員会・石川県知事
一、主 文
原告の請求は何れも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「一、被告石川県農業委員会(当時石川県農地委員会以下同じ)が別紙第一目録記載土地につき(一)昭和二十四年七月二日買収計画番号第百十四号を以て為した未墾地買収計画及び(二)前記計画に対し原告が為した異議申立に対し昭和二十四年八月十二日決定第四十二号を以て為したる決定は何れも取消す。二、前記(二)の決定に対し原告が為した訴願に対し被告石川県知事が昭和二十四年九月九日開訴願第十号を以て為した裁決は取消す。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、請求の原因として、
一、原告会社は左記事業即ち(一)山林及び保安林の拓殖事業、(二)土地建物の収得利用及び賃貸、(三)資金の融通、(四)種苗の育成、(五)農業の経営又は助成、(六)前各号に関連する一切の事業、以上を目的として昭和十二年二月十八日設立せられ、その事業目的の為別紙第一目録記載の土地を所有していたが今次大戦中なる昭和十九年之は陸軍の買上げるところとなつた。然し終戦後戦時補償特別措置法第六十条の規定等により、該土地全部が政府より原告に返還されることとなり昭和二十四年六月迄その交渉を続行し、同月八日右土地に対する返還代金を原告より政府へ支払つた上、同年七月二十一日原告の所有権取得登記手続が為された。
二、然るに被告石川県農業委員会は右土地について昭和二十四年七月二日自作農創設特別措置法(以下自作法と略称する)第三一条第一項の規定に基き未墾地買収計画を樹立した。そこで原告は法定期間内である同月二十一日被告石川県農業委員会に対し右計画につき異議の申立を為したところ、同被告は同年八月十二日決定第四三号を以て右申立を却下した。原告は更に法定期間内である同月二十日被告石川県知事に対し訴願したが、同被告も同年九月九日開訴願第一〇号の裁決を以て右訴願を棄却し、その旨同月十日原告宛通知があつた。
三、然しながら右未墾地買収計画は、左記理由により違法であるから取消されなければならない。
(一) 被告石川県農業委員会が本件土地につき未墾地買収計画を樹立したのは原告が右土地につき所有権取得登記手続を為した昭和二十四年七月二十一日(この時原告は本件土地について所有権を取得した)の以前たる昭和二十四年七月二日、即ち右土地が未だ原告の所有に帰せず国有地であつた時であつた。仮に同年六月八日原告が本件土地の所有権を取得しているとしても、自作法に基き買収される土地につき農業委員会に対して所有権を主張するに当つては登記なくしては第三者たる同委員会に対抗し得ない。従つて当時国有地であつた本件土地については自作法第四一条第一項第三号、第四一条の三第一項、同法施行令第三一条第一項の規定に基き被告農業委員会が同法施行令第三一条第二項各号の何れかに該当する旨決定することにより農林大臣が管理すべきものであつて、之を原告の私有地として自作法第三一条第一項の規定に基き未墾地買収計画を樹てるのは違法である。仮に右主張が理由がないとしても本件買収計画は更に以下に述べる理由により違法である。
(二) 本件土地は開拓地ではない。即ち
(1) 本件土地の中前記原野四百六十七町七反五畝十五歩は日本海々岸に接する砂丘地であつて地盤も安定せず、土性も粗砂土であつて尨大なる防風林の完成しない限り農地化は困難である。而して防風林の完成には長年月を要するから該土地は関係法規の立法趣旨に照し所謂開拓適地と称するを得ないものである。
(2) 右理由により該土地は採草地、薪炭採取地としても認めることは出来ない。
(3) 該土地は開発附属地としてもその面積過大にしてその必要なきものである。
(三) 本件土地は原告に於てその事業目的の為に所有する唯一の土地であつて、本件未墾地買収計画の結果原告が右土地を喪失する時は他に代替地を求め得ない為、原告会社は解散若しくは事業目的を変更するの止むなきに至るのである。従つて本件買収計画はこの点に於て違法であり、ひいては憲法第十四条第一項及同法第二十二条第一項の規定に違背するものである。
(四) 別紙第一目録(訴状添附の目録)記載の土地は、買収計画書(甲第二号証)によれば原野六百六十九町一反二十七歩、畑四十六町七反一畝十歩であるが、現状は別紙第二目録(請求の原因変更の申立書添附)記載の通りであつて、原野四百六十七町七反五畝十五歩、山林百六十九町二反九畝七歩、畑七十七町五反五畝二十五歩、宅地一町二反一畝二十歩、合計七百十五町八反二畝七歩であり、現状と甚しく相違している。而して右七十七町五反五畝二十五歩の畑はその位置、環境、開墾状況より見てそのまま畑として将来残存すべきものである。
(五) 本件土地については被告知事は、地元農家の農耕地が著しく不足していることを理由にその増反用地として例外容認の申請手続を為した処、昭和二十四年六月二十四日附を以て農林省農地局長はその申請を許可した。然しながら右土地の地元たる河北郡内灘村の農家は本件土地買収計画書(甲第二号証)には九三〇戸となつているけれども事実は僅か八七戸(二反歩以上の耕作者)に過ぎず、その内農耕地の著しく不足しているものと認むべきは七七戸(二反歩以上五反歩未満の耕作者)である。この七七戸に対し前記計画書記載の通り三〇九町五反を分配するとすれば、従来よりの耕作農地合計二一町三畝歩(甲第三号証内灘村民耕作面積別口数調書中の二反歩以上五反歩未満耕作者の耕作反別合計数)に右三〇九町五反歩を加えたものを右七七戸に割当てる計算を取ると、一戸当り四町二反九畝余歩を耕作するに至ることとなり自作法第三条の制限歩数(本地区の最高は一戸当り三町歩)を遙かに超過することとなり、この点よりするも本件買収計画は違法である。
(六) 本件土地は既に昭和二十六年春頃警察予備隊金沢部隊創設以来同部隊の演習地として引続き今日に至る迄使用され居るのみならず、最近政府より該土地を警察予備隊の用途に供すべきに付その開拓計画を中止するよう被告知事に通達されて居り、この点よりするも本件買収計画は許すべからざるものである。
と述べた。
被告等代理人は主文同旨の判決を求め答弁として、
一、請求の原因一、の中原告会社が「その事業目的の為に」別紙第一目録記載の土地を所有したとの点は不認、終戦後右土地の返還を受けるについて原告が政府に交渉したとの点は不知、その余の事実は認める。
二、請求原因二、の主張事実は全部認める。
三、請求原因三、の主張は全部争う。
(一) 原告が国より本件土地の返還を受けてその所有権を取得したのは、代金を国に支払つた昭和二十四年六月八日である。又所有権取得の登記なくしては所有権を第三者に対抗し得ない故右登記の為される以前たる昭和二十四年七月二日本件未墾地買収計画が樹立された当時は本件土地は未だ国有地であつたとの原告主張は、不動産登記制度の対抗という意味を曲解するものであつて第三者たる被告両名が登記なき所有権者に当該所有権を認容するのは違法ではない。而して買収計画樹立当時本件土地が原告の私有地であつた以上、自作法第四一条第一項第二号等を適用すべきでなく同法第三〇条に基く買収計画を立てるべきである。
(二) 本件土地は左記理由により開拓適地である。
(1) 国策としての未墾地開拓事業
終戦後の圧縮された領土に約九千万の人口を養うの余儀なきに至つた我国に於て、開拓事業を強力に推進して土地の農業上の利用の増進を図り以て人口収容力の安定的増大を期することは、国策として恒常的且確固たる地位を占めるに至つた。他方我国農村の積弊たる封建的隷属的小作関係、農業経営の零細性、農業資本の貧困等を克服する必要は農地調整法、自作法を生んだがその外延的方策としても農業経営の拡大と農家の次男、三男の吸収を図る未墾地開拓政策が重視されるに至つた。かくして全国で百五十五万町歩を一応の目標として各府県の実情に徴して開拓面積が割当てられ、石川県に於ても政府の定めた開拓目標高八千五百町歩(旧軍用地を含め)について開拓事務を進めることとなり、その結果昭和二十六年十月末日現在に於て六千五百八十一町歩を取得し、猶引続さ目標額達成に努力中である。
(2) 本件土地開拓の必要性
(イ) 本件地区は加賀平野より能登半島羽昨町に連なる日本海に臨む約五千町歩に亘る砂丘地の一部であつて、その五千町歩の大部分が高度に利用され実績を挙げているに反し、地元内灘村全面積の六割に相当する本件地区のみが全く未利用の侭放置されている。このことは本件地区の未開拓が自然的条件に制約された結果ではなく、全く社会的条件即ち所有関係に制約された結果であることを明かに物語るものである。即ちこの社会的原因に基く障害を除去しさえすれば本件地区の開拓は決して不可能ではない。
(ロ) 本件土地の地元内灘村の総戸数一、一〇〇戸の内農家は九三七戸(八五%)であり、この農家九三七戸の内専業農家は僅か三戸、他の九三四戸は全部兼業農家である。更にこの兼業農家を農を主体とする第一種兼業農家と、農業以外の業を主とし農を従とする第二種兼業農家に分けると第一種兼業農家は三七戸、第二種兼業農家は八九七戸である。
次に之を耕作面積の面から見ると、右九三七戸の農家に対して田五一町歩、畑一一七町歩計一五八町歩で、一戸当り平均耕作面積は僅かに一反六畝歩に過ぎず、三反歩未満の農家が八三七戸で八九%を占めているのである。之を要するに内灘村々民の大部分を占める農家は極端なる零細経営であつて、之ら零細農に増反と入植を為さしめる為に本件開発計画は必要欠くべからざるものである。
(ハ) 加うるに戦後急激に村人口圧力が増加したこと及び従来内灘村民は河北潟の淡水魚の僅かな漁獲の外に北海道に出漁して相当の賃金を得て帰郷し生計を補つて来たのであるが昭和二十四年三月より水産業協同組合法の実施により従来の漁業団体法は廃止され鑑札を返上失業の止むなきに至り漁夫として生計を立てることが困難となつたことは、内灘村民の更生の途は農業に専従する以外に見出し得ず、何としても本件土地七百町歩を入手しなければ六千の村民は飢餓に瀕すること必定であるとの結論を生むに至つた。従つて本件土地開拓に対する村民の熱意は熾烈であつて開拓計画遂行上多大の期待が懸けられている。
(3) 開拓適地としての条件具備
(イ) 未墾地買収計画に於ける開拓適地の選定に関しては、農林省開拓局計画部が「開拓適地選定の基準」を指示して居り之に依つて都道府県知事、都道府県開拓委員会、同適地調査部及び未墾地買収予定地審査会は開拓適否に関し調査、審議、決定を行い又関係技術員は調査を行わねばならないことになつている。而して本件土地については昭和二十四年六月二十一日第十一回開拓委員会調査部会に諮問した結果、同地区は前記「開拓適地選定の基準」第八「土地の性質」のうち「土性」の点では“不安定な砂丘地”であり開墾不適地であるが、他の自然的条件を同じくする隣接町村に於ける砂丘地の様に飛砂防止林の施業により将来同地区は安定した耕地とする事は可能であり、地元農家の増反用地として土地の高度化を計ることが至当であると判定せられた。そこで農林省農地局長宛例外容認認可申請(乙第八号証)を為した処昭和二十四年六月二十四日農地局長より被告県知事宛に、開拓計画を作成するに当つて砂防林造成につき必らず石川県開拓課と林務課とを協議せしめ土地保全に万全を期することとして認可の指令(乙第九号証)を受けたのである。本件土地が前記「選定の基準」が設定する諸条件を具備することは以下各項に述べる通りである。
(ロ) 気温と標高
(a) 気温
金沢測候所調査の最近六十ケ年平均に依れば一日平均気温摂氏十三度以上の日が五月から九月の五ケ月間約百五十日(「基準」は九十日以上)あつて、同期間内平均気温は二一・五度(「基準」は一三度以上)である。
(b) 標高
標高は五米から最高は権現森地帯の五十三米で平均二十米乃至三十米である。
右(a)(b)共に優位の条件にある。
(ハ) 用水
本地区内に二ケ所の漁水地があり、又一般的に砂丘地の標高の低い所は地下水が高いから「さく井」も可能であり、又本地区に接する河北潟よりの潅漑も可能であるのでこれが施設を為すことにより後述防風林設置と相俟つて開発を一層促進することが出来る。
(ニ) 土地の性買
(a) 傾斜は大部分四度乃至八度に包含され一、二級地に属するが、部分的には八度乃至一五度の三級傾斜地がある(「基準」は三級以上)。
(b) 土層の厚さはすべて一〇〇糎以上で一級土層である(「基準」は三級以上)。
(c) 土性は不安定な砂丘地であつて四級土性であり、開墾には適しない(第一回弁論の際被告等代理人は本件土地の砂が粗砂土であると陳述したが、後に第五準備書面によつて右陳述は誤りであつて単に砂地であるとの意であると訂正し、この訂正に対し原告代理人は異議を止めた)。
(d) 礫は皆無で第一級礫度である(「基準」は三級以上)。
結局本件土地は土性に於て四級である為「基準」の土地の級の決定標準によれば第四級地で農耕に適せず、当然入植者の農耕地に充てるべきものではない。然し右「基準」によればかかる土地でも気候又は経済環境が非常に良く地元農家の農耕地が甚しく不足している場合は、基準の変更又は例外の容認に関する手続を取つて増反用地として利用し得るのであつて、本件土地については例外容認申請を為してその許可を得たことは(イ)に既述の通りである。
(ホ) 土地保全
本件開拓計画は本地区の一割余に当る立木地帯を直ちに伐採開墾するのではなく、全地域に亘り計画的植林を為しつつその後方を開畑せんとするものであつて、土地保全上何等支障を来たさないのみか本地区の保全上却つて重大な貢献をするものである。
(ヘ) 社会的環境
(a) 学校
内灘村大字大根布に小学校、中学校、同村大字西荒屋には小学校がある。
(b) 交通
本地区東側に沿い金石町から宇の気町に至る県道があり之より地区に通ずる道路の建設も殆んど問題にするに足りない程容易である。尚交通機関は地区南端に北陸鉄道浅野川線新須崎、向粟ケ崎の両駅あり約三十分で金沢駅に達する外、宇の気、向粟ケ崎間に北鉄バスの運行があつて極めて便利である。
(c) 市場
石川県最大の市場金沢市に隣接し同市青草町附近を市場とする農産物卸売市場迄地区の中央から約九粁、又河北郡の物資集散地たる宇の気町にも隣接し約七粁の距離にあり、開拓地としては稀有の恵まれた環境にある。
(ト) 附帯地
附帯地とは入植者の自家用薪炭林及び放牧地、採草地、増反用農耕地の利用上必要な採草地、道路及び水路、敷地等の公共福祉施設用地、開拓用地保全上必要とする土地を云うのであるが、本件地区は海岸地帯であり風が強いという特殊性から見て防風林地帯としての附帯地が当然予想される処であるから、三八〇町歩の防風林、三五町歩余の道路敷地その他の附帯地を予定している。
防風林設置は約六ケ年で完成する予定でありその進捗に伴い逐次開畑作付が増加するので、防風林の植栽と開畑作付による風蝕の抑制により年々之が安定度を高め一応六年目には三〇〇町歩の作付が可能となり、遅くとも十年後には三〇〇町歩の安定した耕地を実現し得ることは確実である。
と述べた。
原告代理人は被告等代理人の右答弁に対して更に次の如く述べた。
一、答弁事実三、(二)(2)(イ)について
(一) 本件地区は同じく加賀より能登羽昨町に至る海岸砂丘地五千町歩の他の地区に比し、自然的条件を異にしている。即ち本件地区の海面の反対側には河北潟なる大潟があり、この潟の部分は本地区より低くその為附近地区に比し風当りも甚しく強い。又本地区は附近地区殊に河北郡七塚町字白尾地区等の如く砂の平地でなく砂丘である。従つて他の地区の如く飛砂防止林の設置もその開拓も容易ならぬものがある。此の故に本件地区の地元民はその開拓を久しきに亘つて放擲し来たつたのであつた。
元来本件地区は明治三十五年迄国有地であつたが内灘村に払下げられ、一時村有地となつたけれども同村民は無関心にて何等利用の途を講ぜず却つて之を厄介視して一年余にて私人に売却し、遂に県外人の手に転々としてその間依然として何等利用の途を講ぜず防風林育成等を考慮せず、昭和十二年原告が本件地区を取得した当時は自然の侭に放任され荒廃の極に達していた。
(二) 原告会社は昭和十二年本件土地開発等の目的を以て設立せられ、直ちに開発計画を樹立し村民を説得して協力を求めると共に国、県の援助を要望し創立初年度は独力で十余町歩の砂防林事業を施行した。昭和十三年度よりは国費、県費の補助を得て毎年十余町歩を実施し、昭和十九年陸軍に収用せられる迄に七十余町歩を完成しその間投ぜる費用は十五万円(現在の貨幣価値に換算すれば二千万円以上)に及び、実に多大の犠牲と努力を払つたものであつて、その間前記七七町五反五畝二五歩の畑を開墾したのである。
(三) 原告主張の本件地区外の農地化された地域も一朝一夕に開拓されたものでなく、数百年に亘り砂防林を施し保安林に指定して樹木の伐採等を禁止し土地の安定及び土質の向上を計り、開畑その他の利用を許さず専ら防風林の完成に努力せる附近民及び関係当局の賢明なる施策の結果に因るものである。而して現在の開発された田畑はかかる基礎の下に今次戦争による緊急食糧増産策を施行した結実であつて、砂丘地を直ちに開墾し短期間に農地化したものではない。かくの如く又検証の結果等によつても明かな如く、本件土地の防風林の完成には長年月を要するのであり仮にその開拓の短時日の完成が技術的に可能であるとしても約二億円の巨費を要する。砂丘地に於ける農業経営が未だ学術的研究の域を出でない現在に於て、政府が防風、水利等の施設の完備を要しその他幾多の悪条件を具有する本件土地にかかる莫大な経費を投じて迄開拓をなす要ありや否や疑問であり、寧ろ自作法第一条の趣旨に反すると思われる。殊に本件土地開拓の予算も計上されていないのであつてこの点よりするも本件買収計画は許すべからざるものである。
(二) 答弁事実三、(二)(2)(ロ)について
被告は内灘村民の八五%は農家であると主張するけれども、同村千六十戸中専業並びに兼業農家は僅かに四十戸に過ぎず、他は農を従とする者若しくはそれ以外の業を本業とするものであり、同村に於けるかかる状態は数百年前より継続している。
三、答弁事実三、(二)(2)(ロ)について
本件地区民は水産業協同組合法実施後も他県に出漁し相当の成績を収めている。仮に然らずとするも漁民にして自家菜園を有するに過ぎない者に対し本件土地を開拓農地として自作法の規定に基き譲渡するのは同法の根本精神から逸脱するものである。凡そ漁業者たると他の業者たるとその救済方法は自作法によらずとも自ら他に存するものである。
又本件地区地元民は開拓に対して熱意を有するというけれども、現在輸入等により食糧が豊富となりその価格が下落し農業経営が困難となつている時、特に経営困難なる砂丘農業に敢て従事する者があるか否か疑問である。農林省又は他県が巨額の費用を投じ開拓移植せる全国各地の開拓地は、入植者が土地を放棄し元の未墾地以上に荒廃しているのであつてこの現実は無視してならない。然も本件地区地元民は嘗て河北潟の一部干拓による農地化に反対したことがあり、仮に地元民に熱意があるとしても一部の者に過ぎずそれも開拓の困難を知らず農地改革に便乗して安価に土地を入手せんと企図しているのである。一部政党人は選挙地盤擁護の為地元民を煽動して居りこのことは被告委員会の買収計画採決に当り紛議を生じ、決選投票の結果一名の差で成立したことに徴しても明白である。
四、答弁事実三、(二)(3)(ハ)用水について
被告主張の二ケ所の湧水は場所が最低地にある為湧水微々たるもので広大な地域の潅漑に適しない。
又「さく井」は数百箇も要するので多大の経費を要する。
河北潟よりの潅水は理論的には可能であるけれどもその施設に莫大な経費を要する外、同潟の水は時に塩分を含み農作物の潅水に適しないことがある。
五、答弁事実三、(二)(3)土地の性質について
本件土地は粘土及び有機質を含まない粗砂土であつて第四級である。
六、答弁事実三、(二)(3)(ホ)土地保全について
被告は本件土地には一割余の立木地帯が存する旨主張するが、本件買収計画にはその記載がない。而して被告は全地域に亘り計画的植林を為しつつその後方を開畑せんとするものであると主張するが、かかる計画は後述の通り全く机上の空論である。
七、答弁事実三、(二)(3)(ヘ)社会環境について
被告主張の(a)(b)(c)の事実は何れも之を認める。
八、答弁事実三、(二)(3)(ト)附帯地について
被告が附帯地三八〇町歩を予定していることは争わない。被告は防風林も開畑も六ケ年を以て完成すると主張するけれども、防風林が本来の目的を達するには六年乃至十年の短期間ではその効果を期することは絶対不可能で、殊に現在の原野たる無毛地は殆んど何等の防禦物もない日本海に面する一帯であるから尚更かかる短期間ではその効果を期待し得ないものである。現に原告が昭和十二年に植栽した樹木は十四年を経過せる今日、黒松は僅かに三尺乃至五尺、ニセアカシヤは九尺乃至十尺成長しているに過ぎず未だに防風林の用を為さない。従つて被告主張の如く六年乃至十年の期間内に開畑計画を完了するというが如きは全く机上の空論である。
と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告会社が山林及び保安林の拓植事業その他原告代理人主張の事業を目的として昭和十二年二月十八日設立せられ本件土地を所有していたが今次大戦中なる昭和十九年右土地は陸軍の買上げる所となつた。然し終戦後再び政府より原告に返還されることとなり、昭和二十四年六月八日原告は右土地に対する返還代金を政府に支払つた上同年七月二十一日所有権取得の登記手続を了したこと及び被告石川県農業委員会は右土地について、昭和二十四年七月二日自作法第三一条第一項の規定に基き未墾地買収計画を樹立し、原告は同月二十一日右計画につき異議の申立を為したが同年八月十二日却下され、更に同月二十日被告石川県知事に訴願したが之亦同年九月九日棄却されその旨十日原告宛通知があつたこと、以上の事実は当事者間に争いのないところである。
原告代理人は右未墾地買収計画は違法であるから取消さるべき旨主張し、被告代理人は之を争うので以下各争点について逐次判断する。
一、買収計画樹立当時の本件土地の所有権の帰属
本件土地が戦時補償特別措置法により政府より原告会社に返還されたものであることは当事者間に争いがないのであるが、その返還の正確な日時については両当事者とも全然立証がない。然し原告会社より政府に対する右土地の代金の支払が昭和二十四年六月八日に為されていること(このことは当事者間に争いがない)及び成立に争いのない乙第一一号証及び同第一二号証には本件土地は昭和二十四年六月八日戦時補償特別措置法第六〇条第一項による譲渡により所有権取得を登記する旨の記載があることにより、遅くとも昭和二十四年六月八日に政府が本件土地を返還する旨の意思表示を為したことを推認し得る。
ところで政府が戦時補償特別措置法に基き国有地を譲渡する行為はそれ自体政府の為す私法行為であるから私法規定の適用を受けるべきで、従つて当事者が之と異なる意思表示を為したことが明かでない以上、民法の原則に従つて譲渡の意思表示が為された時即ち遅くとも昭和二十四年六月八日に本件土地の所有権は原告に移転したものと見なければならない。そうであるならば本件買収計画の樹立された同年七月二日には本件土地は原告の私有地であつたのであるから、自作法第三一条第一項が適用されることは当然であると云わねばならない。
原告代理人は仮に同年六月八日原告が本件土地の所有権を取得したとしても登記が為されていないから第三者たる被告県農業委員会に対してその所有権取得を対抗し得ないと主張するけれども、自作法による未墾地の買収は前記戦時補償特別措置法による本件土地の譲渡と異なり、行政機関が公権力を以て農地強制買上げを行うものであつてその行為は典型的行政行為であるから、私法上の物権変動に於ける取引の安全を保障する民法第一七七条は無条件には適用されない。殊に本件の如く被告農業委員会が実体上の所有権者が原告なることを知つている場合には、たとえ登記手続は未了であつても原告を所有権者と認めて買収の手続を為すことが当然の責務であり、寧ろ原告の権利を保護する所以である。のみならず民法第一七七条に所謂「対抗し得ない」とは当の第三者の方から物権変動の効力が生じていないことを主張し得るという意味であつて、第三者がこの効力を認めることは何ら差支えないのである。
以上何れの点より考えても原告代理人の主張は採用出来ない。
二、本件土地の開拓の適否
本件土地が開拓に適するか否かを判断するに当つてはその前提問題として、一体裁判所はかかる問題について裁判権を有するか否か仮に有するとしてもどの程度迄この問題に立入つて判断することが出来るかを考慮しておかなければならない。尤もここで開拓適否の問題というのは単にその自然的条件の考察のみでなく社会的条件のそれをも含み、結局自作法第三〇条第一項の「自作農を創設し又は土地の農業上の利用を増進するため必要がある」との政府の認定の適否である。ところでかかる認定は国家の農業政策或いは食糧政策及び開拓土地附近の社会的諸条件に関する政治的経済的知識、開拓土地の自然的条件に関する農芸学上の知識等専門的な政策的技術的考量、経験を要するものである。従つて之は行政機関の所謂自由裁量行為として、法律の解釈以外には専門的知識経験を有せざる裁判所の判断の圏外にあるものと一応看做されなければならない。勿論自由裁量行為であるからとて行政機関の恣意は許されないのであつて特に未墾地の買収は国民の権利に重大な制限を課する行政行為であるから、その認定が明白且つ顕著に不当な場合、例えば裁判所がその人格、学識経験よりして信頼すべきものと考えた専門家の鑑定によつて行政機関の認定の不合理が指摘されたり、或いは故意もしくは過失に基く明白な事実の誤認が発見されたり、更には亦その認定の手続内容に於て何人の眼にも明かな論理上或は道徳上の背理が存在する等、之を要するに裁判所がその代弁者を以て任ずる健全な社会通念上明白なる不正不当が存する時、即ち所謂条理に反する場合にはかかる認定は単に不当であるに止まらず違法であるとして取消されなければならないのであつて当然裁判所は裁判権を有するし、その違法を宣言しなければならない。けれども前記の如き瑕疵のない限り本問題に関する行政機関の認定は一応妥当なものと看做さなければならないのである。
以上の立場から本争点を考えると成立に争いのない乙第三号証、同第四号証、同第八号証、同第九号証、同第一六号証乃至第二二号証、乙第二四号証、同第二五号証、同第二九号証、同第三〇号証、検証の結果、証人中山又次郎、同宮本治三郎、同吉野渉、同生田乙次郎、同鬚豊、同山森覚意、同尾崎英二、同小川正治、同臼井正己、同坪内俊三の各証言を綜合すると、被告農業委員会は(一)未墾地開発の国策に従い、(二)本件土地の地元である内灘村村民の八五%を占める農家が極端な零細農で耕地不足に悩んでいるに加えて、最近漁業法の改正の為従来村民の大部分の重要な生活補給源であつた北海道方面の出漁が不可能となり村民の生活維持は農業に専従する以外に途なく、従つて本件土地開拓計画に対する村民の熱意と期待は熾烈でありかかる村民に増反用農地を与える為本件土地開拓は必要不可欠であると認め、(三)本件土地の自然的条件としても農林省開拓局計画部より指示し来たつた開拓適地の基準(この基準に合致する土地は開拓適地と看做して差支えないことは、原告側でも被告の本件土地開拓適地であるとの主張に対する反駁に於てこの基準を援用している点から当事者間に争いがないものと考えられる)が要求する気温、標高、用水、土地の性買、土地保全、社会的、環境道路に関する諸条件を、土地の性質中土性が四級土性の不安定な砂丘地である点を除いて充足し、結局土性の点で開墾不適地となるけれども気候、経済環境が非常に良く地元農家の農耕地が甚しく不足しているので増反用地として例外容認の手続を取ることによつて利用し得る土地であると認め、(四)自作法第三〇条、第三一条第一項、改正前の同法施行規則第一四条に従い県開拓委員会に諮問して本件買収計画を樹立したことを認めることが出来る。即ち右買収計画樹立の手続は適法であり、而してその内容にも何ら不合理、不公正なる点、即ち条理に反する点を見出し得ないのである。
(一) 原告代理人は本件土地の開拓は幾多の悪条件が重なつているのでその成功には長年月を要し、短時日の完成が可能であるとしても約二億円の巨費を要しかかる莫大な経費を投じて迄開拓を為す要ありや否や疑問であり、然も本件土地開拓の予算すら計上されていないと主張する。然しながら本件土地の開拓がどれだけの日時を要するか、又莫大な費用を投ずるだけの価値があるか否かについては既述の如く行政機関の裁量に信倚する外はないのであつて原告が援用する検証の結果及び証人林一平の証言を以ては未だこの点に関する被告農業委員会の認定が不当であることを指摘するに足りない。本件土地開拓の予算も未だ計上されていないというけれども、この予算が計上される可能性のないことの原告側の立証がない限り当然被告農業委員会は農林省の指示に従つて買収計画を樹立し、開拓計画を立案するに当つてはそれに要する予算が計上される見通しの下に之を為したと推定すべきである。
(二) 原告代理人は本件地区民千六十戸の内、専業並びに兼業農家は四十戸に過ぎず他は漁民として自家菜園を有するに過ぎないものであり、之等の者は水産業協同組合法実施後も他県に出漁し相当の成績を収めて居る。仮に然らずとするもかかる者に対し本件土地を開拓農地として自作法の規定に基き譲渡するのは同法の精神を逸脱するものである。又本件開拓に熱意を有するのは同区民の一部の者に過ぎないと主張する。然し本件地区民の漁業が漁業法規の改正によつて何等打撃を受けていないこと及び開拓に熱意を有するのは本地区民の一部に過ぎないことについては何等立証がない。又仮に原告主張の如く二反歩以下の自家菜園程度の農家が本地区民の大部分であるとしても、そのことが直ちに自作法第三〇条による本件未墾地買収計画を不当ならしめるものではない。
要はその開拓計画に従事し将来開拓地の売渡を受けるであろう住民が自作農として農業に精進する見込のある者なることであり、本区民にその見込がないとの立証もないのである。
(三) 用水に関する原告代理人の主張についても検証以外に立証がない。而して検証の結果は必らずしも原告の右主張を裏付けるものではない。
(四) 土性について原告代理人は粗砂土であると主張する。然し問題は粗砂土であるか不安定な砂丘地であるかの学問的分類の適否にあるのでなく、開拓か可能か否かにある。而して本件土地については被告農業委員会は増反用地として利用し得るものと認定し、この認定には何等著るしい不合理、不公正のないことは前記の通りである。仮に本件土地の土性が原告主張の通り粗砂土であるとしても不安定な砂丘地と同様前出「開拓適地の基準」から言えば四級土性であり、他の諸条件が非常に良好であれば例外容認の手続により増反用地として利用し得るのであるから、被告委員会のこの認定は「基準」を無視したものとはならない。
(五) 原告代理人は被告委員会の土地保全の為附帯地三八〇町歩に防風林を育成し、六年間で完成するとの計画を机上の空論であると攻撃するけれどもこの点については原告の立証の程度(検証及び証人林一平の証言)を以ては、未だ被告委員会の認定を著るしく不当なりと為すに足りない。
三、本件買収計画の違憲問題
本件土地の買収によつて原告は他に代替地を求め得ない為解散もしくは事業目的を変更するの止むなきに至るというけれども、所有権と雖も絶対ではなく公共の福祉の為には制限を受けるのも己むを得ないところであり、自作法が日本農業の民主化を企図するものであり、その為の農地の解放の法的手続を規定したものである以上同法の趣旨実現の為に土地所有者が或程度の犠牲を忍ばなければならぬことは当然予想されているのであつて、原告主張の如き結果を生ずるとしてもそれ故に本件未墾買収計画が違法であるとは言えない。之に対する救済は買収対価の適正化に求められねばならない。更に原告代理人は原告をかかる羽目に追い込むことは憲法第一四条第一項及び第二二条第一項違反であると言うけれども、本件買収計画に当つて特に原告を差別して不公平な扱いを為したと認められる事実もなく又本件買収によつて原告が目的たる事業を遂行し得なくなつたとしても、それは直接に原告に対してその目的たる事業の経営を禁止したからではなくたまたま未墾地買収計画の為土地を喪失することによつて事実上事業経営が不可能になつたというに過ぎない。原告が今後もその目的たる事業を継続することは嘗て一度も禁止せられたこともなければ、将来と雖も恐らく禁止されることはないのであつて、憲法第一四条第一項、第二二条第一項違反との非難は本件の場合当らないのである。
四、買収計画書に於ける地目と現状の齟齬
仮に原告主張の如く本件土地七一五町八反二畝七歩の内訳が原野四六七町七反五畝一五歩、山林一六九町二反九畝七歩、畑七七町五反五畝二五歩、宅地一町二反一畝二〇歩であるとしても、本件買収計画の対象としての土地の同一性については争いがないし、証人横田維俊、同臼井正己の証言によれば本件土地については県開拓課及び県開拓委員会が公簿上の地目に拘泥せず、実地に調査して開拓の適否を考量して居り買収計画に於ける地目は占領軍の督促の為、一応国有財産台帳に従つて記載したに過ぎぬことが明かである。従つて現状との齟齬は買収の対価に就ては影響を及ぼすかも知れないが買収計画の基礎となつた開拓適否の認定には全然無関係である。又本件土地の中、畑七七町五反五畝二五歩をそのまま畑として将来残存すべきか或いは他の用途に変更すべきかは、被告委員会の自由裁量に譲ねらるべき事項であることは前述の通りであるし、右畑をそのまま残存すべき必要性については何等立証がない。
五、保有面積の過大
原告代理人は本地区民中農耕地の著るしく不足している農家(二反歩以上五反歩未満)は七七戸に過ぎず、之に対して買収計画書通りの開墾畑を分配すると一戸当り自作法第三条の制限面積たる三町歩以上を保有することになるから、本件買収計画は違法であると主張する。然しながら自作法第四一条の規定により未墾地の売渡を受け得る「農業に精進する見込のある者」とは二反歩以上の農地の耕作者でなければならぬとの法規上の根拠はない。二反歩とは真に農業に精進する農家と所謂飯米農家とを区別する一応の便宜的標準に過ぎない。のみならず同法第四一条に於ける買受人については、同法第一六条の定める既墾地の買受人に対する同法施行令第一六条の如き規定がないので、同法第三条第一項第三号の保有面積の制限は存しない。けだし未墾地は少くとも開拓当初は一般農地に比し著るしく土地の生産力が低く、従つて一般農地に比し遙かに広大な面積を保有しなければならぬからである。
六、予備隊の使用
原告代理人は最近本件土地について警察予備隊の用途に供する為政府より開拓計画の中止の通達があつたと主張するけれども、何等その点について立証がない。
以上原告代理人の主張は何れも理由がないから原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 北野孝一 村上久治 斉藤寿)
(目録省略)